Cの音

最近は脳みそを酷使するような時間が多くて、かなり疲れている。

でもその感覚は不快とは少し遠い位置にある。学生の頃、昼休みに体育館でバスケをして教室に帰ってきた後のような、心地よい疲労感。そういうものに、毎晩のように満たされている。

いま、兄の部屋にいる。正確に言うと、兄の部屋だった場所だ。あいつは今年の春、高校時代からの恋人と結婚して、この家を出ていった。残されたのは、俺の部屋よりも少し広いこの空間と、質の良さげなベッドと、クリーム色のエレキギター。いまはそのベッドに腰掛けて、太ももの上でノートPCを叩いている。この部屋には遊び道具も仕事道具も無いから、こうしてちょっとマトモっぽい文章を書くのになかなか向いているかもしれない。

兄と一緒に遊んだ記憶はほとんど無い。別に仲が悪かった記憶もないから、単純に思い出せないだけかもしれないけれど、あいつがどんな人間だったのか、いまでもよくわからない。ただ、ひとつだけはっきりしていることがあって、俺とあいつはとてもよく似た感性を持っていた。それが今では、多分、ほとんど真逆な生き方をしている。俺が無意識に差別化を図ったのか、それとも何かに反抗してきたのか、具体的な原因はよくわからない。それでも、事実としてそうなっている。俺は偏差値の高い学校へは行かなかったし、生徒会長もやらなかった。安定した職に就きたいと思わないし、結婚願望は無い。

しかし、これから先もずっと真逆なのかというと、そうでもないのかもしれない。
何故なら、俺はあいつのギターを弾いてしまったから。

あいつはロックをやっていて、俺はクラシックをやっていた。それだけのことなんだけれど、俺はきっと一生ギターを弾かないだろうと思っていた。それなのに、あいつがどこか知らない街へいってしまって、置いてけぼりを食らったギターがこの部屋にはあって、「好きに使っていいよ」なんて言うものだから、とうとう、それを鳴らしてしまった。

率直な感想を書くと、なんてこと無い、ただの楽器だ。ベースやウクレレよりも2本弦が多くて、音域が広い。下から4本はベースのオクターブ上の音程で、上から4本はウクレレの4度下の音程。感動も混乱も絶望もない、洗練された音楽の道具。

ここ1年間くらいは自分の中で、「なるべく手段を選ばない」というポリシーのようなものが形成されつつあって、だから、デジタルイラストをやってみたり、3Dモデリングをやってみたりと、多様なスキルにべたべたと手を伸ばしている。ギターも、その流れの中で突如として現れたものだから、こうして素直にネックを握れたのかもしれない。そう考えると、例えば、「誰かと結婚したほうが都合がいい」という状況になれば、その手段を選ぶということもあり得てくる。ロマンもムードも無いけれど、そういう合理的な判断を突発的にするかもしれない。

さて、このブログの文章は、主に未来の自分やその仲間に向けて書いているんだけれど、果たしてこの記事は何かの伏線になるだろうか。

ちなみに、もう5年くらい彼女がいない。最近は専らシチュエーションボイスで抜いてる。だから何だ。

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