【掌編小説】それでは校長先生のお話です

皆さんが静かになるまで3分かかりましたが、私が校長先生になるまで30年かかりました。

私が学生だった頃は、どうしておじさんというのは大して面白くもない話を長々と続けるのかと疑問でしたが、いまこうして自分が話す側の立場になってみて、その理由がわかるようになりました。

校長先生は、家では誰も相手にしてくれません。妻のマチコも、娘のミカも、犬のジョンでさえ、私のことをまるで居ないかのように、いや、居なくなってくれと言わんばかりに、雑な扱いをします。そりゃあもう酷いものです。先日ミカにツイッターの使い方を訊いたんです。校長先生の大好きなアイドルのASaRiちゃんを「フォロー」というのですか、彼女のポストした文章や写真を見るために「フォロー」したかったんです。するとミカは私に向かってこう言いました。ロリコン親父、と。私はただ推しの、ただ大好きなASaRiちゃんを「フォロー」したかっただけなのに。

ASaRiちゃんはどうやらツイッターでライブの告知や感想をポストしているらしく、ASaRerとして、ASaRiちゃんのファンのことですが、ASaRerとしてはどうにかしてそれを見ないといけないわけです。そうしないと、他のファンとの間で格差が生まれてしまい、いわゆる情報格差ですね。それによって……はい、いま「気持ち悪い」といった人、3-Aの高橋くんですか、保健室に行ってください。

そういうことをミカに必死に説明するわけです。もうASaRiちゃんを「フォロー」する前に、自分の「フォロー」に必死なわけです。こら、ざわざわするのをやめなさい。いまのは笑うところです。高橋くんはスマホ弄るのをやめなさい。

話を戻しますが、娘がツイッターを教えてくれないので、私は携帯ショップに行くことにしたんです。あの北口を出て右に進んだところの。しかし店員さんによると、ツイッターはアプリだから自分たちの業務とは関係ないと言うんです。何かあっても責任が取れないと。私は驚きました。そんなこともサービスしてくれないのかと。それで、せめてツイッターをダウンロードする方法だけでも教えてくれと言って、携帯を出したんです。店員さんは私の携帯を見て、少し慌てたような様子でこう言いました。ガラケーですか、と。

そうです、私はスマホを持っていなかったんです。そして、私のガラクタケータイはツイッターするのには向いていないと……はい、高橋くんから訂正が入りました。ガラクタではなく、ガラパゴスだそうです。「フォロー」ありがとう。こら、ざわざわするのをやめなさい。あと高橋くんはムービー撮るのをやめなさい。

そうそれで携帯の話ですが、私はその場で決断しました。アイフォーンです。アイフォーンテンを購入したんです。しかも一括払いで。校長先生の財力にかかればそれくらい容易いんです。まぁその日から私の小遣いは半分になったので、後悔がないと言えば嘘になりますが。

このアイフォーンには、いまツイッターのアプリが入っていて、しかもお知らせの設定がしてあります。つまり、ASaRiちゃんがポストする度に私のもとに報告がくるんです。まるで忍を雇っているような気分ですよ。ちなみにこの設定は教頭先生にやってもらいました。その際にちょっとしたギブアンドテイクが発生しましたが、これが大人の社会というものです。

いま私はこのアイフォーンでASaRiちゃんのポストしか見ていないので、このアイフォーンはASaRiちゃん専用マシンということになります。もうこれはアイフォーンというより、ASaフォーンですよ。ASaフォーン。こら、ざわざわするのをやめなさい。あと高橋くん、特定って何ですか。

ミスターコーチョー?それって私の……ちょっと、何する気ですか。動画?やめなさい!こら、皆さん、静かにしなさい!ほら、教頭先生どうにかして!静かに!

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