俺が通っているボクシングジムには、時々「強い人」が来る。今日がその日だった。
名前は伏せるけれど、会長の古い知り合いだというその人は、不定期なタイミングでふらっと現れる。そして、希望者全員とスパーリングをしてくれる。
「やる?」と声を掛けられて、「お願いします」と答える。それ以外に選択肢は浮かばない。
ラウンド数は、アマチュアの小さい大会でよくある「2分×2R」を希望した。
マウスピース、ファールカップ、ヘッドギア、16オンスブローブを装備して、リングに上がる。練習のはずなんだけど、ちょっとした覚悟を決める必要がある。
「強い人」は、強い。
腹を殴られる。腹を殴られると痛いので、必死に防ごうとする。無意識に顔面のガードが緩む。今度はそこを殴られる。殴られ続けるとまずいので殴り返す。当たらないどころか、上から腕を被せられてまた殴られる。というより、いつの間にか殴られている。
彼は本気ではない。もし本気だったら4秒で寝かされている。それでも、全く歯が立たない。
一矢報いてやろうと、色々工夫をする。上下に打ち分けて、フェイクを入れて、スイッチもする。どれも通用しない。手詰まり。お手上げ。手も足も出ない。手の打ちようがない。
もう目が回っちゃって、わけがわからなくなって、何でもいいから動き続けることしかできない。
そして、永遠のように長い2分×2Rが終わる。
これで多くの課題が浮き彫りになった。動画の撮影もしていたので、この痛みとセットで、最高の教科書になる。
人が何かを学ぶには、体験するのが一番早い。というより、それしかないようにも思える。
彼は、強い人でもあるけれど、優しい人でもある。
スパーリングが終わった直後に、こんな言葉を掛けてくれた。
「もう1R延長」
「お願いします」と答える。
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