万里の長城を這いつくばって渡る

遂に漢方薬に手を染めた。

ハッパだよ、ハッパ。そんで粉。匂いも強いし色も濃い。それを口内から摂取するの、どう考えてもヤバいでしょ。

 

何で漢方薬かっていうと、2ヶ月くらい前から腹の調子が悪い。

トイレに籠る度に、「俺何か悪いことしたっけ」って考えるんだけど、両親にずっと迷惑掛けてることと、時々猫にいたずらするのくらいしか浮かばなくて、それでもひねり出そうとすると(悪いことの方ね)、「そういえば元カノのこと何度も泣かせちゃってたな」とか思い出して、少し泣いて、またお腹痛くなる地獄。俺何か悪いことしたっけ。

最初は内科で普通の薬出してもらったんだけど、それは今ひとつ効かなかった。

 

で、漢方。

近所の古い商店街のど真ん中に小さい薬屋があるんだけど、そこの店主の薬剤師が滅茶苦茶詳しいって話を聞いて、突撃してきた。いいじゃんか東洋医学。中国4000年の歴史とか単純計算でキリスト2周分だし、まあトイレの神様くらいは軽く口説き落としてくれるでしょ。そういうのは経験と手数がものを言う世界だから。

 

Googleマップに住所を入れて、店に来た。なんか入口から店の奥まで見たことないような薬と、「いらすとや」を多用した手作りポスターで彩られていて、地元だってのにアウェイ感が凄い。ちょっとでも怪しいプレイしたらホイッスル鳴りそう。違うんです、俺はただトイレの綺麗な女神様を堕としたいだけなんです。

そんなことを考えてると店主が現れた。あまりにも普通のおっさんだったから、「どうしました」って訊かれるまでは普通のおっさんだと思ってた。人は見かけによらない。この人が中国4000年の技を受け継ぐ師範か。俺をベスト・キッドにしてください。もし修行だと言うのなら、いらすとやのポスターをひたすら剥がす作業とかやりますよ。代わりにジャッキー・チェンでも貼りますか。結構ですか。

 

腹の具合が悪いと告げた。すると、奥から問診票を持ってきて、「書いてくれ」と。薬屋で問診票とか、やはりここ、何かが違う。その項目の多さからおっさんの本気が伝わってくる。これは真剣に挑まないと、食われる。

俺のあらゆる個人情報を問診票に書き込んでいく。「1日の排尿回数」なんて項目まである。あれ、これもうプレイ始まってる感じ?おっさんはどっか行っちゃったから、放置プレイと羞恥プレイの同時進行だよ。やっぱ凄えな中国。チャイナ服とかドエロだもんな。まあ日本の浴衣も負けてないけどね。

 

師範が白衣に着替えて戻ってきた。完全に本気モードじゃねーか。でもここで押し負けたら、食われる。本能的に、「さも当然のこと」みたいな反応で平静を装う。こっそり鍛え上げてきた麻雀の経験が活きるぜ!ドラドラだ!(やったことない)

俺の一番恥ずかしいところ(問診票)を眺めながら、「ふむふむ」「なるほど」みたいなことを呟く師範。「この手の患者はゴマンと見てきた」とでも言わんばかりの余裕。やはり手慣れている。

いくつか質問に答えてから、ソファーのある奥の方に通される。これから何かが始まるらしい。ああ、最初にちゃんと、「ハジメテです」って言えばよかったな、と軽く後悔。優しく、お願いします。

 

師範は色んな資料を見せながら、物凄く論理的な説明を繰り広げる。ストレスとか脳内物質とか生活習慣とか。ノリがNHK。

もう普通にサイエンスだから、俺も、「ふむふむ」「なるほど」みたいな反応になる。要するに身体の元気が全体的に足りてなくて、特に弱い部位に症状として出ている、と。みなさん、俺の弱点は腹みたいです。確かにお腹を撫でられるとすぐに懐く気がする。あれ最高だよな。そういう店とかないかな。

 

ここで唐突に謎の薬品を取り出す師範。小さな瓶に入ったドス黒い液体である。

説明によると、脳内物質の分泌を助けるとかどうとか。「ちょっと試してみて」と手渡される。舌下吸収といって、舌の裏側にポタポタと垂らして摂取していく。凄く苦いし面倒くさいんだけど、どうにか指示された通りの分量をこなす。

「どう、何か変化はない?首が温かい感じとか、色が鮮やかに見えるとか」

 

すいません、なんか具合悪いんですけど。

 

なんてことは言い出せずに、「いやー、ちょっとわかんないですねー」とか言って誤魔化す。口の中が苦くて苦くて、コーラ飲んでからメントスぼりぼり食べたい気分。(良い子は絶対に真似しちゃだめな。悪い子はとっくにやってる)

 

「そっか、じゃあもう1本やってみて」

 

あ、これ逃げられないやつだ。ボクシングでコーナーに追い詰められた時と同じ心境。ボディは止めてくれって言ったじゃんか。井上尚弥ばりの角度でえぐってくるよこのおっさん。ラスベガスで通用するって。

仕方ないからもう1本分同じことやって、「ちょっとわかんないですねー」とか言って、結局それじゃない市販の漢方薬買って帰ってきた。

 

で、いまそれを飲んでるんだけど、全然よくならない。というか、前より悪くなってる気がする。

「何か悪いことしたっけ」って思い返してみると、元カノと、あの薬のことが脳裏をよぎる。あの苦さは確かに恋の終わりのそれと似ていた。

 

あとなんか性欲がすごい。

塗田一帆(ぬるたいっぽ)

𝕏アカウント

プロフィール

この記事をシェアして応援する↓