「世界恒常性」からまだ現実に帰ってこれていない

薬袋カルテは特別なVtuberだ。

おそらく業界的に見てもそうだっただろうし、俺個人から見てもそうだった。

いまでこそ多種多様なVがいて、彼女と似たようなスタイルで活動している者も沢山知っている。しかし、この業界に現れた当初の彼女は、まさに異質と呼べるような存在だった。

 

だから、去年の2月に彼女がいなくなってしまった時には、これは大変な損失だと感じた。

あの物語(彼女はストーリーのあるVだった)の続きが見たいなと、ずっと思っていた。

 

そんな彼女が昨夜催した一夜限りのライブイベントが「世界恒常性」である。

 

これが世界恒常性のイベントイメージ画像。シンプルであると同時に、ため息が出るほどに綺麗だ。

 

彼女は今年の3月にひょこり戻ってきて、新型コロナウイルスという巨大な災害に対するカウンターとして立ち上げたのが、このVR空間でのチャリティーイベントだった。会場はcluster内の専用ワールドで、参加費は無料。ギフト機能で得た収益を全額寄付するという内容だった。薬袋カルテらしいな、と思った。

 

ワールドがオープンになったのは21時。そこから観客(あるいは患者)がぞろぞろと集まりだして、いわゆる”待機”が始まった。みんなデフォルトのロボットアバターで、長い人だと1時間も彼女の登場を待っていた。

 

ここは素朴な空間だけれど、なんだか安心感があって良かった。ディスプレイの上にちょこんと座ったマスコットの「ドクター」が可愛い。

 

待機中、大きな長方形のディスプレイには薬袋カルテの過去の動画(もうYouTubeには残っていないもの)が流れていて、チャット欄であーだこーだ会話をしながら彼女の登場を待った。

もうこの時点で、いい体験だった。

 

 

開演時間の22時になると、俺たちは唐突に別のワールドに飛ばされて、音楽ライブが始まった。

 

夜の街の屋上のようなステージ。幻想的で綺麗だった。

 

最初に披露された曲はOfficial髭男dismの「Pretender」

スマホを模した縦画面のディスプレイには、LINEのやりとりのようなインターフェイスで歌詞が表示される。薬袋カルテ本人が登場したのは曲の途中からで、春らしい淡いピンク色の衣装に身を包んでいた。

少しのトークを挟んで、また別のワールドに飛ばされる。

 

 

 

このワールドはピンクの衣装がよく映える。かわいい。

 

満開の桜が背景となっているこのステージでは、つじあやのの「風になる」が披露された。映画「猫の恩返し」の主題歌だ。ちなみに、さっきから彼女の周りに浮かんでいるハートは、観客によるギフト(投げ銭)

今年はお花見ができなかったけれど、まさかこんな形でバーチャルお花見ができるとは。粋だ。

これが終わると、またまた当然のように次のワールドへ。

 

 

 

AとBの床に分かれるやつ、個人的に結構好き。

 

「Vtuberらしいことをしましょう」と言い出した彼女は、新型コロナウイルスに関する2択クイズを出し始めた。問題は全3問で、手洗い、消毒、そして”クラスター”に関するものだった。

クイズコーナーというのは確かにclusterイベントの定番企画で、景品とかは特に無いんだけれど、この体験こそがご褒美であると言える。クイズ自体は絶妙に難しいもので、普通に勉強になった。

無事バーチャルナース要素を回収した我々は、またしても別のワールドへ。

 

 

 

こんなに美しいステージであれ歌おうとしてたのかよ。って、まあ薬袋カルテだもんな。

 

この海の中のようなステージでは、彼女の持ちネタ(?)である「おさかな天国」が披露される……はずだったのだけれど、「適切なカラオケ音源が見つからなかった」という理由でそれは幻となった。ワールド作る前に気付ければよかったね……。

申し訳程度に、すいっちさんアレンジの「おさかな天国」が流される。これはこれで面白かった。

 

 

そして、満を持して最後のワールドへ。

 

 

ここに来たのは初めてだけれど、見慣れた場所だった。

心に傷を負った者が訪れるという、彼女のバーチャル診療所。

 

これを見に来たので、これが見られてよかった。

 

披露されたのは勿論、すいっちさん作曲のStardust finding you

これは彼女のオリジナルソングで、俺はいまでもしょっちゅう聴いているんだけれど、ほんのりとライブアレンジのようなフレーズがあったりして、「目の前に薬袋カルテがいる」という感動と、「これを歌い終わったらまたいなくなってしまう」という感傷を改めて味わうことになり、俺は感情になった。

 

アンコールは無かった。

去り際の挨拶は、回線の不調からかよく聞き取れなくて、彼女はいつの間にか消えてしまった。

薬袋カルテらしいな、と思った。

 

 

これは、薬袋カルテがいなくなった薬袋カルテの診療所。

 

あまりにも綺麗で、あまりにも切ない空間に取り残されてしまった人々。

 

イベントが終わった後もずっと人がいて、そのあまりにも強大な余韻に溺れていた。

 

一夜明けてワールドに入れなくなった今でも、俺は「世界恒常性」から、そして「薬袋カルテ」から離れられないでいる。

きっと、あの場にいたみんなそうだろうなと思う。

 

気付いた人がいるかわからないけれど、俺は薬袋カルテ本人というよりも、彼女のいるその空間をずっと眺めていた。だから、アップの写真が少ない。

これらのワールドは全て、彼女の作品だ。

薬袋カルテそのものが作品でありながら、更にその薬袋カルテが作った作品という入れ子構造。

そして、俺を含めた全ての参加者がその作品の一部であったと思う。

 

じゃあこの記事は何?っていうと、まぁただのライブレポートなんだけれど、こういう作品にはそれを観測して記録する者が必要かなと思ったので、寝起きの頭にカフェインを流し込んで唸りながら書いた。

薬袋カルテのアップの写真だとかは、#世界恒常性 で検索すれば沢山出てくるので、そっちに任せます。

 

このイベントは別に薬袋カルテのエンディングではないはずなので、また”待機”の日々に戻らなくちゃいけないんだけれど、これだけVを見ていれば待つことには慣れているので、まぁ気楽に気長に生きていこうと思う。

今でもスマホに入っている「Stardust finding you」でも聴きながら。

塗田一帆(ぬるたいっぽ)

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